毎日フォーラム・視点 日本財団鳥取事務所所長 木田悟史

地域創生のモデルづくり

 政府が進める地方創生プランが2016年度から本格的に動き出す。新たな交付金として1000億円が予算化され、地方自治体も実行計画を策定し予算取りに奔走している。

 政府が掲げる戦略は、60年の人口1億人を前提にした人口減少対策と50年代のGDP(国内総生産)成長率を1.5〜2%程度に保つための成長力の確保の2本柱だ。  

 これを受け、各自治体の実行計画には、子育て環境の改善、地方における雇用創出、地方への移住促進などが並ぶが、全体に似通った施策が多い感じは否めない。多くの自治体にとって急速に進む少子高齢化、人口減少は初の体験であり、何が有効な対策となるか、「解」を見つけ出せないでいるのが現状であろう。

 例えば社会保障費は、高齢化に伴い確実に膨張し、一方でこれを支える労働力は人口減により減少する。この中で「社会の持続的な発展」、「豊かな国民生活」を実現するのは至難の業であり、国、自治体も含め、社会全体であらゆる可能性を追求するしかない。

 こんな中で日本財団と鳥取県は、地域の魅力を掘り起こし、そこに暮らす人たちが豊かさを実感できる仕組み作りに向けて共同プロジェクトをスタートさせることになった。「みんながみんなを支え合う」、「他者をいたわり、思いやる」風土を持つ鳥取県の特性を生かし、「日本一のボランティア先進県」を目指すのがプロジェクトの狙いだ。

日本一のボランティア先進県を目指す

 プロジェクトの事業は多岐にわたるが、例えば全国で約700万人に上るといわれるのが「買い物難民」対策だ。多くの高齢者や障害者が日常生活に必要な物資を自由に取得することが困難な状況にある。

 このため各地で移動販売や小規模多機能拠点の整備といった取り組みが始まりつつあるが、その前には法律や規制などさまざまな壁がある。移動困難な高齢者が山間部で暮らすには食料品だけでなく郵便物や医薬品も当然、必要となるが、食料品の移動販売サービスがあっても、医薬品を同時に配達することは薬事法で禁止されている、といった具合だ。

 共同プロジェクトでは、山間部でも暮らしに困らないモデル事業を具体化することで、法律や規制の見直しに弾みを付けたいと考えている。

 地方創生を進める上で「人口減少」と「超高齢化」が最大の課題であるのは言うまでもない。人口減少は国の生産力を落とし、超高齢化は医療費や年金など社会負担を増やす。それを克服するには、これまで見落とされていた高齢者や障害者の能力や可能性を引き出すことが何よりも先決となる。

 元気な高齢者、あるいは社会で活躍できる障害者は多い。高齢者や障害者が活躍できる社会の受け皿が整備できれば社会も活性化する。そのためにも高齢者や障害者を受け入れる環境づくり、生産性の向上や技術革新も含めたイノベーションが欠かせない。

 健康づくりを進めることによって医療費は減り、公共交通手段をユニバーサルデザイン化すれば移動が困難な人の活動領域も広がる。そうした努力、試みの積み重ねが「誰もが活躍できる社会」の実現につながる。

 障害者の就労支援は福祉制度によって守られてきた面が強い。一歩踏み出し、商品の価値を高め、丁寧に販路開拓を進めれば売り上げは伸び、工賃を上げていく余地は十分ある。それが地域内の経済活動の活性化にもつながる。

 地域の課題を解決するには、そこで暮らす人たちの自発的な行動、参加が何よりも大切なのは言うまでもない。いくら資金や人を投じても、住民一人ひとりが自発的に問題解決に参加しない限り、地方創生は「絵に描いた餅」に終わる。

 プロジェクトでは、そんな意味も込めて、鳥取県内で地域の問題解決に取り組む約1000人の若手リーダー層を対象に、人材育成プログラムも立ち上げる。国内外の先進的な取り組みの視察をはじめ、それを県内で実行するための必要なトレーニングも行う予定だ。

 地域を再生させるには、こうした人材がボランティアとして地域住民の活動を支える必要がある。ボランティアという言葉は従来、「単なる無償労働」と狭くとらえられる傾向が強かったが、「これからの社会における知識労働者は、自らの意思で組織や社会の問題を解決していけるボランティアワーカーとならねばならない」(米経済学者ピーター・ドラッカー)といった言葉もある。

 これからのボランティアは社会問題の解決に向けて先頭に立つべき存在であり、プロジェクトでも、その育成に大きな力点を置くことになる。

 鳥取県には多くの中山間地域が点在しており、そこに住む高齢者は全国の高齢化率26%を大きく上回っている。例えば、鳥取県西部の山間に位置する江府町の高齢化率は42.25%と全国平均の1.6倍に上る。ここでモデルケースを作れば、全国に横展開を行う上での貴重な経験が得られるはずだ。 

 地元・鳥取大学は、「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業」にも選定され、地域学部を中心に官学連携による研究が既に行われている。蓄積された知見に、プロジェクトで新たな要素が加われば、中山間地域における生活支援を持続的に行う新たな事業の形が見えてくると期待している。

 鳥取県は全国に先駆けて手話言語条例を制定し、条例制定の動きは全国に広がりつつある。あいサポート運動という、障害者に配慮し、障害者が活躍できる社会づくりも積極的に行われている。他の都道府県に比べ、障害者雇用などの施策をより活性化させる土壌が熟成しつつある。

さらに県東の智頭町や旧鹿野町といった地域では、住民主体による町づくりが盛んに行われており、ボランタリーな地域づくりの素地もある。これら既にある資源、資質を引き出すことができれば、県の価値を今の何倍にも高めていく可能性は十分ある。

 未曽有の大被害が出た東日本大震災から5年。被災地の沿岸部では1000年に一度ともいわれる大津波に備え海岸線に巨大な防潮堤を建設、住民を高台に移住する計画も進められている。大津波に備える意味では、最も有効な防災対策かもしれない。

 しかし漁業関係者からは「毎朝、海を見てその日の漁を考えてきた。高台に移ったら海の様子が見えない」と嘆く声も聞かれる。海とともに生きてきた住民にとって、海から遮断された生活は、慣れ親しんだ海との共存を否定することのもなりかねない。

 もともと深刻な過疎に直面していた東日本大震災の被災地の復興は、それ自体が地域創生の巨大な実験場でもある。高台移転ひとつをとっても地元にとって何がより良い選択肢か、正解を出すのは難しい。

 鳥取県のプロジェクトでは「日本一のボランティア先進県」、「地域住民が元気に暮らし、誇りを持てる社会づくり」を目指す。全国で最も人口が少ないこの県から、急速な人口減少と高齢化に直面する日本の新しい未来の姿が見えてくるようなモデル事業を一つでも多く実現させたいと考えている。

 きだ・さとし 1977年生まれ。慶応大環境情報学部卒。日本財団入団後、総務部や助成事業部門を経て、NPO法人向けのポータルコミュニティサイト「CANPAN」の立ち上げに関わる。東日本大震災後は支援物資達や企業と連携した水産業の復興支援事業などを担当。ソーシャルイノベーション本部国内事業開発チームチームリーダーを経て3月から現職。